大気と海のフロンティア

気象学の研究を行っている大学院生が様々な「フロンティア」に進むためのブログ

APUとのジョイントワークショップ

7月15〜18日に別府市立命館アジア太平洋大学(APU)で開催されたジョイント国際ワークショップに参加しました.


0日目(7.15)

 お昼に津を出発して,名古屋から新幹線で小倉まで行きました.その後,在来線を使い別府に到着しました.ここまで6時間ほどかかり,疲れがたまってきました.別府では時間があったので,近くの竹瓦温泉で疲れをとりました.昔ながらの銭湯といった趣がある建物で,温泉の町別府の雰囲気を楽しむことができました.

夕食は,大分名物のとり天を食べましたが,バスの出発時刻がせまってきていたので全部食べきれませんでした・・・.

この日は,APUのセミナーハウスに宿泊しました.


1日目(7.16)
 このシンポジウムでは,APUと三重大の学生が英語で研究発表を行いました.英語での研究発表は何度か聞いたことがあったので,落ち着いて聞くことができました.でも,日本語で聞いてもすぐには理解できない内容を英語で聞くのはなかなか難しいものでした.特に,質問をしたくても英語でどう言えばいいのかすぐに思い浮かびません.それでも頑張って一回質問をしました.相手も日本人だったので英語が通じたのか,フィーリングで通じたのかよく分かりませんでしたが,聞きたい内容を答えてもらうことができました.

 午後には,熊本県立大の堤裕昭教授による諫早湾の自然環境についての講義がありました.もちろんこれも全て英語です.写真や図が多く,内容は大体理解することができました.ただ,諫早湾の水門ができたことによって有明海の潮流の速度が遅くなる仕組みがよく分かりませんでした.

夜は,別府市内で三重大の小田巻先生,APU,三重大の学生で夕食を食べました.刺身醤油が砂糖醤油ではないかと思うくらい甘いのに驚きました.本州と九州では出回っている醤油の種類が違うそうで,食文化の違いを楽しむことができました.


2日目(7.17)
 午前中は,昨日からの続きで学生の研究発表がありました.この日は,前日と異なり学生の方がたくさん質問をしていました.自分も質問しようとしましたが,結局できませんでした.でも,良いシンポジウムは発表者が一方的に話すのではなく,発表者と聴衆が互いに意見を述べることができることだと思うので,聴衆の大半を占める学生がたくさん質問していたのは,このシンポジウムが成功したことを示していたと思います.この2日間のシンポジウムを通して,質問をすることでシンポジウムの参加者であることを強く実感でき,主体的に発表が聞け,より楽しいシンポジウムとなることが分かりました.今後は,気軽に質問できる研究室ゼミや小さなシンポジウムなどで毎回1度は質問してみようと思います.

 午後は,長崎の原爆資料館に向かいました.資料館では,ボランティアの方が展示の説明をして下さいました.原爆を過去の悲劇とだけとらえるのではなく,現在の問題として考えることが大切だとのことでした.

 長崎の町は,坂が多いので町が立体的で夕暮れや夜景がきれいなのが印象的でした.さすが,日本三大夜景の1つです.


3日目(7.18)
 諫早湾と干拓資料館を見学しました.堰の内側の水は茶色っぽく濁っていて外側の海の色と明らかに違うことが分かりました.干拓事業によって広い耕作地を確保でき,そこで大規模で効率的な農業ができるなどの説明がありました.この資料館は,国の事業で建てられたものなので,干拓事業の利点ばかり強調していましたが,有明海の漁業に悪影響を与えている可能性があるので,もっと中立的な立場で説明を聞きたかったです.自然に手を加えたことによる不利益は,今の世代よりも将来の世代が負う可能性があるので,事前の環境影響評価は公正で厳密に行ってほしいものです.

 午後は,雲仙岳災害記念館に行きました.1991年に噴火した雲仙岳の資料館で,特に印象に残ったのは火砕流で亡くなった報道関係者の方が使用していたカメラなどでした.ここでは報道合戦が過熱して,危険にも関わらず,取材を続けていたことが問題にされていました.亡くなった方以外のカメラマンが撮影した映像を見ても,火砕流が目の前まで迫ってきていて,かなり危険な状況で取材を続けていたことが分かりました.この件については,事実を伝えることがマスコミの役割だと思いますが,そのマスコミ自身が批判報道されてでも伝える事実なのか疑問に思います.
 また,上の階からは雲仙岳を眺めることができ,火砕流が流れた後が今でもはっきり残っていました.

 最後に,雲仙地獄に行きました.硫黄の混じった高温のガスが至るところから出ていて,今でも火山活動が活発であることがよく分かりました.


この後,フェリーで熊本まで行き,博多経由で帰る予定でしたが,台風6号の影響でフェリーが欠航していたため,諫早駅から陸路帰りました.